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アドルフに告ぐ [スリル/サスペンス]


アドルフに告ぐ(1) (手塚治虫漫画全集 (372))

アドルフに告ぐ(1) (手塚治虫漫画全集 (372))

  • 作者: 手塚 治虫
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1996/06/14
  • メディア: コミック


民族や人種どうし にくみあうから戦争もおこるんだわ 親子が引き裂かれてしまうんだわ
どの民族だっておんなじように家族があって家庭があるんでしょ それなのに…なぜ
人間ってバラバラなのかしら


『にいさん 重大な話があるんだ あるものをにいさんに渡したいんだよ…!』
昭和11年(1936年)8月3日―
ベルリンはその日もオリンピックの熱狂に大いに湧き立っていた。
当時協合通信の特派員として取材にやってきていた私は、スタジアムを見下ろす取材席で
弟からの どこか切迫したような電話を受けていた。
折りしも競技は主催国であるドイツの快進撃が続く展開となり、
ナチスの総統・ヒトラーは、金メダルを誇らしげに提げる選手達を満面の笑みで迎えていた。
『きっとだよ にいさん!あさって八時 下宿だよ!おくれないで!おくれると手おくれになるかも…』
「なんだい 相変わらず大げさな奴だ わかった わかったよ」
ああ…私はなぜあの時、万分の一でも彼の話の重要性に気付けなかったのか…
同じベルリンの市内に留学していた弟は、大学の講義そっちのけで共産主義の活動に
どっぷりと浸かっていた。私はそんな彼を学生の一時的な流行病のようなもんだとタカを括って、
周囲の歓声の隙間から聴こえる電話口の声にただならぬものを感じつつも、
結局約束の時間を大幅にオーバーしてしまったのだ。
それが弟との最期の会話となり、そして…あの激動の時代の真っ只中を生きた、
アドルフと呼ばれる3人の男たちの運命に関わる最初の引き金になるとも知らずに…

1983年~1985年に週刊文春で連載。
さあ、今回は手塚治虫さんの代表作の一つでもある「アドルフに告ぐ」をご紹介したいと思います。
おそらくこのブログをご覧下さっているマンガ好きの方であれば、
名前だけでもご存知ではなかろうかというくらいの名作。
Twitterでお薦めいただく機会を得て、遅ればせながら今回初めて拝見してみました。
ナチスドイツの総統・アドルフヒトラーの出生に関わる秘密の文書を巡って、
幼馴染の親友どうしだったアドルフ・カウフマンとアドルフ・カミル、そして3人のアドルフに
出会うことになる元記者の峠草平らが大きな歴史の渦に翻弄される物語です。

ヒトラーはユダヤ人だった―!
今ではこの説はほぼ否定されているそうなのですが、
この作品のベースとなるのは、アーリア人こそ優良人種と主張し、
ユダヤ人に対する苛烈な弾圧を主導したアドルフ・ヒトラーの、
自己の主張に矛盾する「事実」を証明する文書を巡るサスペンス。
その秘密文書を手に入れた峠草平の弟・勲は惨たらしく殺されて社会的にも抹殺され、
弟の無念と共にその文書を入手した草平は、ヒトラーの一大スキャンダルを回収しようと
ありとあらゆる手段で迫るドイツの諜報機関・ゲシュタポと、友邦ドイツに協力する
日本の特高警察をかわし、弟の仇のボス・ヒトラーを破滅させるため地下組織や、
アドルフ・カウフマンの母の未亡人・由季恵らの協力を得て乗り切っていきます。

その一方でこの物語の主人公となるのは
ドイツ人の父と日本人の母とのハーフであるカウフマン。
そしてユダヤ人の血を引くカミル。
子供の頃は神戸に住むご近所さんで、人種の壁など関係なく互いに信頼しあっていた二人は、
しかしカウフマンがドイツ人の選民思想を叩き込むAHS(アドルフ・ヒトラー・シューレ)に
強引に入学させられ、そこでの体験を経てじわじわとその選民思想に凝り固まっていくと、
多くの同胞を無実の罪で殺され、自身の近しい人たちをも無残に殺されて
ナチスに対する怨み骨髄のカミルとは相容れない仲になっていきます。

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この二人に峠草平が度々狂言回しとして登場し、3人を中心に拡がるキャラクター達が
これまたフクザツに関わりあいながら、「人種」や「血」というものに縛られ、
互いの正義を振りかざして対立するカウフマンとカミルの悲劇に巻き込まれていきます。
そしてそれに象徴されるように世界もまた、選民思想にとりつかれたドイツを中心とする
日独伊の三国と、それぞれに十分に得になることを計算して戦争に介入する
ソ連やアメリカなどの列強とが対立する第2次世界大戦へとなだれ込んでいくのです。

このダイナミックさ、そして徐々に負け戦となって追い詰められ、狂気にとり憑かれるヒトラー、
そして戦火に巻き込まれて逃げ惑い、ただ人種が違うだけで大切な人々を失った者が
復讐を誓う憎しみの連鎖、ラスト2章で互いにどうしようもなくこじれてしまった
二人のアドルフが、立場を変えて再度邂逅するシーンもたまりません。
実に計算されつくした作品だということがひしひしと伝わってくるのです。
手塚治虫さんご自身は あとがきで二人のアドルフの対決以外の決着を、紙幅の関係で
きちっと描けなかったことに心残りがあるようで「こういうのも考えていた」
「ああいうのも描きたかった」とこぼしています。
その心残りの部分も是非拝見したかったとは思いつつも、
まずはラストまで読んだ時に満足できる作品であることは間違いありません。
私のように未読の方がいらしたら、半日くらい時間をとって一気に読んでみて頂きたい作品です。

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