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一本刀土俵入 [燃え]


劇画・長谷川 伸シリーズ 一本刀土俵入 (イブニングKC)

劇画・長谷川 伸シリーズ 一本刀土俵入 (イブニングKC)

  • 作者: 小林 まこと
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/06/22
  • メディア: コミック


十年前、櫛、簪、巾着ぐるみ、意見を貰った姐さんに
せめて見て貰う駒形のしがねぇ姿の土俵入りでござんす


常陸の国、取手の宿にその大男が現れたのは、ある秋の午後の事だった。
その身の丈、実に6尺6寸(2m)。
大相撲の名横綱・雷電もかくやと思わせる見上げるほどの偉丈夫ではあったが、着の身着のまま、手ぶらな上に文無しで長いこと飯にありつけていないとみえ、ふらふらと彷徨い来た、といった風体だった。
偶然にもその土地の暴れん坊・弥八が、旅の若夫婦相手につまらない難癖をつけていた騒ぎに巻き込まれたその男。弥八にその風体から「物貰いか!?」と聞かれるとむっとして「角力(すもう)取りだ」と応えたまでは良かったが、突き飛ばされふらふらと呆気無く尻もちをついてしまう。
しかし続いて吐き棄てた弥八の侮辱の言葉に大男はゆっくりと立ち上がると、角力の立ち会いの所作から強烈な頭突きをかます。すると弥八はまるで手鞠のように吹き飛ばされ、あちこちにぶつかりながら転がっていってしまうのだった。
一文無しで今にも倒れそうなクセに、卑しい行為を頑として良しとしない男。
一連の騒動を宿の二階から眺めていた酌取り女・お蔦は、天涯孤独の彼が江戸で立派な力士になって母の墓前で土俵入りをして見せたいと語るとすっかり気に入り、戸惑う男に構わず幾ばくかの銭の入った巾着と櫛と簪の金目の物を気前よく譲るのだった。
「姐さん、きっと横綱になって今日の恩返しに片屋入(土俵入り)を見て貰います」
別れの際に何度も何度も惜しむように振り返っては頭を下げる男。
彼の名は、駒形茂兵衛と言った―

それから10年‥
物語は取手の宿に、旅人姿の見上げるほどの大男が現れるところから再び始まる―

イブニングにて連載。全1巻。
今回は3度となる小林まことさんによる長谷川伸時代劇シリーズをご紹介しますよ。
小林まことさんと言えば「1・2の三四郎」や「柔道部物語」、「青春少年マガジン」など、プロレス好きの豪快さを持ちながら、ホロリとくる青春物語を数多く描いてきたベテラン漫画家の方。その小林さんが昭和の股旅者と言われる、江戸時代の義理と人情を重んじたアウトローを題材にした作品で後の多くの人々に影響を与えた長谷川伸氏の原作をコミカライズしたのがこの作品となります。
ただ日々を旅から旅へと流れていく根無し草。多くが貧農の出身などで誰に気遣われることもなく旅人(たびにん)となる彼らは、土地土地を仕切る親分の家などに厄介になり、代わりに一宿一飯の恩義は命を張ってでも返すという社会。どこで野たれ死んでも惜しむ者のないそのアウトローの生活を送る彼らの中には、流れ着いた土地で自分が得するためにこすいソロバンを弾く者もいれば、逆に社会の底辺に属する者だからこそ、そこで虐げられ、奪われる弱い者の苦しみを捨ておけない侠気の輩でもあるのです。

お話の筋としては、かつて角力取りになるため江戸を目指していた駒形茂兵衛という大男が、10年前にお蔦という女性から受けた恩を返す為に取手の宿に現れ、そこでイカサマ博打がバレて隣町の親分に追われている男と出会ってその騒動に絡んでいくという物語。止むに止まれぬ事情でイカサマに手を出し、結果命の危険に晒される事になってしまった男が以前恩を受けたお蔦さんの夫であると知り、茂兵衛はご恩返しとばかりに一家を逃がすため、酷薄な隣町を仕切る親分率いる一団の前にたった一人で立ちはだかります。その姿はいかにもトウヘンボクといった感じだった10年前とは打って変わって、何があったか見違えるほどに引き締まった顔つきと思慮深く優しい心を併せ持ついい男。これがまあかっこいい!

お話は単純だし見せ方も単純。けれどそれでいて全てのコマに1コマ余計に付けるようなスローモーなコマ運びが茂兵衛の巨大さや力強さを表現しているし、キャラクターのロング→アップというくどいくらいワンパターンが飽きさせないのは、人々の心の動きをきっちり表現する表情の描き方が実に巧いという実力の上に成り立っている、まさにいぶし銀といえるベテラン漫画家の仕事。今のスピーディーで軽快なアクションシーンとは真逆の、茂兵衛のようにどっしりと腰の座った物語の展開がシビれるんですよ。
更にはすっかり見違えたせいか、再開しても茂兵衛が10年前の今にも行き倒れそうになっていたあの大男だと気付けないお蔦に、思い出させようとするでもなくただ自分がかつて受けた恩を返しに来たのだと伝える茂兵衛の奥ゆかしさ、刀を使わず掴みかかってきた男を軽々と投げ飛ばし、茂兵衛を取り囲む20人からの荒くれ者たちが思わずそれを阿呆みたいに眺めてしまうなんてシーンの豪快さ、そして他の登場人物でも10年前に茂兵衛に因縁をつけて痛い目に遭った弥八が再登場してシブい役どころを演じたりするのもいい。もちろん一件落着してのお蔦との別れ際のシーンも含めてどこもかしこもカッコイイんですよ。

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ちょんまげをした時代劇の勧善懲悪もの、ということで微妙に古臭さを感じる向きもあるかと思いますが、そこは小林まことさん流のコメディやプロレスみたいな豪快さも随所にあってきっと惹きこまれることうけあいです。ぜひ読んでみてください。

【関連エントリー】
関の弥太ッペ
沓掛時次郎
青春少年マガジン1978~1983



股旅 [DVD]

股旅 [DVD]

  • 出版社/メーカー: パイオニアLDC
  • メディア: DVD

余談ですがこの作品の影響で先日TSUTAYAで市川崑監督の「股旅」というDVDを観ました。これもお勧めですよ。
こっちは勧善懲悪のヒーローモノじゃなくて、旅人になって間もない3人の若者があちこちの土地を巡りながら親を斬ることになったり、村でかどわかした女を売っぱらったり、恩義を受けた親分を裏切ろうとしたりするというどうしようもない野良犬のような奴らのコメディ調の青春物語。
旅人たちの掟や社会などの解説ナレーションも入っていて、寅さんの有名な「お控えなすって 手前生国と発しまするは‥」で始まる「仁義を切る」という独特の挨拶作法も紹介されていて面白いし、もちろん物語の3人の切ないラストも良くてめっけもんでした。
ご興味がありましたら是非。

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コメント 2

madi

連載中からよんでましたが、三四郎にでてくる頁二が再登場したような印象でした。三四郎のときにすでに影響されていたのかな。
by madi (2012-07-01 23:22) 

meriesan

三四郎自体は読んだことないのですが、調べてみたら「ウガ‥」ていうのは元の頁二の口癖なんですね?確かにあつらえたようなハマり役ですよねー
by meriesan (2012-07-02 12:02) 

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