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空の食欲魔人 [恋愛]


空の食欲魔人 (白泉社文庫)

空の食欲魔人 (白泉社文庫)

  • 作者: 川原 泉
  • 出版社/メーカー: 白泉社
  • 発売日: 1994/09
  • メディア: 文庫


わたくしとてわかっていたのでございます
いい歳した社会人のけんかのもとが一粒のマーブルチョコだなんて
それも目に涙をためて言い争ったなどとても人様には申せません


適齢期をこえても結婚する意欲のない一橋みすずは家族の心配のタネ。
だが、そんな彼女にもプロポーズをする男性が現れた。ご近所に住む幼なじみの吉川弘文は誠実で大らかで、その上二枚目。なんと制服姿がキリリと決まるパイロットなのだ。
ところが、一つだけ問題があった。それは食欲の前にはプライドも男の意地もない"恐怖の食欲魔人"だったのだ。
―裏表紙 作品紹介より

久方ぶりの川原泉作品のご紹介です。なんていうかサバの水煮みたいにたまに無性に読みたくなるんですよね。(現在3日に1度のペースでハマっております‥)
「空の食欲魔人」は1984年に白泉社コミックスで発売された川原泉さんの初期シリーズもの短篇集の一作。表題作の「空の食欲魔人」2本の他に「陸の食欲魔人」「海の食欲魔人」「青い瞳の食欲魔人」「宇宙の食欲魔人」と主人公を替えて6本描かれています。書影は1994年に文庫版で発売されたものですが、上記のシリーズ以外に他の短編3本が収録され、合計9本読めるのです。
今回はその中でも「空の食欲魔人」についてご紹介してみようと思います。

幼稚園からの幼なじみである一橋みすずと吉川弘文は共に27歳。今ではそれほどでもないでしょうけれど、結婚適齢期をちょいと過ぎたと認識されるお年頃な二人。
弘文は旅客機の副操縦士をしていて、二枚目のルックス、おおらかな性格ともに結婚願望のある女性なら誰もが憧れるような素敵な男性。彼が大学生の頃に両親を亡くしてからは、その時の縁でみすずの家の食卓に毎日お邪魔するようになり、それをみすずも、彼女の家族たちも至極当たり前の風景として受け止めています。だからある日、フライトから帰った弘文がみすずの部屋に顔を出すなり「そろそろ俺たち結婚しない?」と唐突に言い出した時には、みすずが持っていた大福を思わず取り落としてしまう程度にはびっくりしたのに、家族は「早く行けば?」とさしたる関心も寄せてくれない薄情ぶり。

「では」と決められれば事は簡単なのですけど、それがそうはいかないのが乙女ゴコロ。
弘文になぜ自分を選んだのか理由を聞いてみれば「ある日ふとまわりを見わたしたらおまえしかいなかったのなー」なんて、そんなロマンもへったくれもない返答を菓子を食べながら世間話みたいに言われたらそりゃあ「うん、結婚するする!」なんて気持ちも湧き上がりません。(^_^;)
その上みすずは子供の頃から度々間抜けな言動をする彼をバカにしてきたのに、大学受験で彼が航空大学に見事合格し、自分は失敗しまくって今は小説の挿絵描きに甘んじていることに対してコンプレックスのようなものを抱いてもいたのです。だから彼の望むまま結婚をすることは、「軍門に降る」ような気がして素直に首を縦にはふれず、思わず憎まれ口を叩いてけんか別れをしてしまうのです。お話はこの二人がいかにしてくっつくのかくっつかないのかー?みたいな物語となっています。

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幼なじみと言えばお互いの良いところも悪いところもあまりにも知りすぎている間柄。いざその相手と結婚すると考えると、「互いに尊敬しあえる関係」なんて甘っちょろい幻想はとうに吹き飛び、自分の中のわだかまりもあって、知らない人から見ればいかにも良物件のような弘文も、プロポーズ(?)とはとても思えないような先ほどのセリフといい、食欲を満たすためなら時として喧嘩してたこともコロッと忘れ、プライドも簡単に捨て去る性格といい、マイナス要因がどうしても引っかかってしまうんですね。この時々のみすずの心の動きをまるでもう一人のみすずがちょっとおどけて述懐しているような感じで語るモノローグ、いわゆる「川原節」が実に良い味を出してるんですよね。

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それとこの作品が非常に面白いなと思えるところは、女性の心理を非常にわかりやすく見せてくれるところ。
川原作品に出てくるキャラらしく、主人公のみすずは普段は笑ったり泣いたりの情動をあまり外に出すことはなく、枯れ切った大人みたいなすました態度を取るのですが、度々何気ない会話のやりとりにカチンときては、急に機嫌が悪くなって弘文に意地悪をしたり、けんかを売るような事態になってしまいます。そのカチンときた一言から「そういえばあの時も弘文はああだった、この時もこうだった」とかあれこれ思い出してムカムカムカムカーー!って盛り上がっていっちゃう様子が描かれるんですね。なんかよく夫婦喧嘩すると何十年も前のダンナも忘れかけているようなデートの時のダンナの失態だとか、自分が疲れているときに家事を手伝ってくれなかったとか、以前我慢していたあれこれを引き合いに出してムキー!ってなる、そして急にそれが彼女の口から出てきて男は面食らうという構図、ああそっかそういう風に連想するのか~ と、感心してしまいました。(^_^;)
それでいてお話の最後では彼女の中で弘文に対するわだかまりが解けるきっかけが訪れるのですが、その時の心理も非常に女性的。のほほんとした昼行灯な弘文が、スーパーマン的な頼もしい活躍をするのですが、みすずはその時の彼の姿に惚れるんじゃないんです。「彼はすごい!」という評価を他人から伝え聞くことによって彼を見直すんです。「浮気はしてほしくないけど、ダンナにはモテてほしい」というこの心理。
「皆が褒めるかっこいい彼」への評価=「そんな彼に好かれている私」への評価に感じられるという心理。
受験の時から弘文へのわだかまりを抱えていたはずですから、もし男女を逆転して考えるならみすずはここで増々自分との差を感じて卑屈にもなろうというものです。女性の自立意識が更に強くなっている今ならみすずのような心理にはならない、という女性の方も増えているかもしれませんけど、既に夫婦やカップルになっている男女を主人公にして描くこと自体、少女漫画ではあまり無いこともあって、新鮮でリアルだなあと思えるところでした。

なんか「食欲魔人」の部分には触れずじまいな紹介になってしまいましたが、ファンの方の中には川原作品の初期の傑作の一つと謳われているこの作品。
まだ読んでない方は一読してみて欲しいです。


川原泉さんの非公式ファンサイト → 愚者の楽園
Twitterの川原泉作品の名言を呟くbot → 川原泉bot

【他作品のレビュー】
コメットさんにも華がある
笑う大天使

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コメント 4

madi

大好きな川原泉作品です。登場人物が全部出版社の名前からきているのは読者の何割が気づいたことでしょうか。
by madi (2012-03-15 22:06) 

meriesan

そうですね。私はWikiを読んで初めて知りましたw
そのあたりのお遊び感覚とかも面白いですよね。
by meriesan (2012-03-16 10:01) 

HINAKA

初めまして、HINAKAと申します。

meriesan様

拙ブログへの御訪問とnice!、ありがとうございました。
「空の食欲魔神」!懐かしいですねェ~!!
実は本誌掲載時から、知っていたりします。ちなみにこのシリーズでは、「海の食欲魔神」!海上自衛官の旦那様と、モデルの奥様。
好きなのは、どちらも職業柄背筋を伸ばして、長身なので大股で、スタスタと歩く。道行く人は、皆思わず振り返る。という、シーンです。

「空の食欲魔神」は、旅客機のパイロットは食中毒による全滅。
当時は通常3人、今は2人(機長と副機長)。食べるメニューも、食べる時間もずらすほど神経を使いながら、それでも食中毒を起こすところがさすが「食欲魔神!」です。
それでも、根性で着陸に成功するのですから、大したものです。しかも奥様は、この英雄が憔悴しきっているのを、誰もがその非常事態の心労からだと思っている中唯1人。
腹が経て動けないのを見越して、山盛り弁当を持って来るところが、凄いというか笑えるというか……。

川原さんという人は、コッソリですが常にアブ・ノーマル的な、非日常的な人や行動を好意的に弁護する、優しいマンガ家さんだと思います。
勝手ながら、RSSに登録させていただきますので、今後とも宜しくお願い致します。


by HINAKA (2012-03-22 07:10) 

meriesan

HINAKA様
初めまして! コメントありがとうございます!
連載をリアルタイムでご覧になっていたんですか!川原さんの作品は面白いですよね。
>好きなのは、どちらも職業柄背筋を伸ばして、長身なので大股で、スタスタと歩く。
>道行く人は、皆思わず振り返る。という、シーンです。
この辺りの描写はキャラクターや感情を川原さんらしいユーモラスさで表現してますよね~ 私もこのシーンは何気ないけどいいなと思います。

>勝手ながら、RSSに登録させていただきますので、今後とも宜しくお願い致します。
ありがとうございます。
私もHINAKAさんのブログを度々こっそ~り拝見させて頂いてます。こちらこそよろしくおねがいします。
by meriesan (2012-03-22 11:22) 

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