沈夫人の料理店 [コメディ]
ああ、この旨さ。
これじゃ、こいつが尻尾ふった犬なのか、私が餌付けされた犬なのかわからんな。
1920年代 中華民国。
進む近代化の中、国内は未だ乱れ、外では列強が爪を研ぎ、
食いつめた庶民は仕事を求めて都市部に流れ込んでいた。
そんな中、ここ上海に悩める流民が一人…
その男の名は李三、元料理人。
日雇い仕事でどうにか粥を売る屋台らしき店を出すには出したが、
彼の店には人が寄りつかず開店早々閑古鳥が鳴いていた…。
明日をも知れない現状に、李三が不安で泣きべそをかいていたところへ
偶然通りがかったのは租界で貿易業を営む富豪・劉家の妻女の沈夫人。
食べるのが大好きで、味には実に厳しいいわゆるグルメの彼女が
気まぐれから李三の粥を一口食べたところ、これが絶品!
沈夫人は持ち前の洞察力で以前どこかの金持ちの料理人であったことを見抜いてみせると、
李三まるで魔法でも見せられたように驚く。
そして夫人が立ち去ろうとするとすっかり心服した様子の李三は、
大の大人がまるで捨てられた犬のように夫人に助けを乞うのだった。
その様子のあまりに哀れで滑稽な様子と、それになにより自分の舌を唸らせるほどの料理の腕を
この吹きっ晒しの街中に転がしておくのはいかにも惜しい…
(決めた)
沈夫人は密かにほくそ笑み、目の前でひたすら一途な尊敬のまなざしを送ってくる
この小心で純朴な男を味わいつくすことにしたのだった―
ビッグコミックオリジナル増刊号にて連載。全2巻。
今回の作品は最近更新が停滞がちで寂しい
「成澤大輔の『マンガを読むので忙しい!』」というレビューサイトで拝見し、
興味を持って読んでみたものです。
いわゆるグルメマンガなのですが、清朝末期の激動の時代を背景に、
腕は絶品だが自分の才に気付かないMっ気あふれる気弱な料理人・李三と
その腕を密かに高く買っているものの、あえてやんわりと追い詰めて
毎回追い詰められた末の彼の絶品料理を堪能するS女・沈夫人のかけあいが面白い
異色のグルメマンガなのです。
著者の深巳さんは以前に平成16年度の文化庁メディア芸術祭において、
審査委員会推薦作品に「沈夫人の料理人」が選ばれており、
全4巻で第一部・完という体裁で終了した後は、その作品の登場人物はそのままに、
時代背景だけを変えてパラレルワールドというか仕切りなおしというか
リメイク的作品として本書が描かれたようです。
この作品も2巻で終わりということでなんか報われなかったのか、
それともネタ切れなのかいずれにしても惜しいなあと思います。
見所は追い詰められるほどに目をみはるような料理を創り出す李三を
時に真綿で首を絞めるように、時に素っ気無く突き放すように、Sっ気たっぷりに
李三を追い詰め、そうして出てきた李三渾身の料理に満足げににんまり微笑む沈夫人の表情。
そして味にうるさくて底意地も悪い夫人に、周囲の人間が半ばヤレヤレと従っているのに対して、
うまくコントロールされているとは露とも気付かない李三が夫人の態度に一喜一憂し、
見捨てられまいとオロオロして要らぬトラブルを呼び込み自縄自縛に陥りながらも、
最後には絶品の料理を作って夫人の目を丸くさせるその滑稽さが
なんかゾクゾクして面白い…というか(;´▽`A``
出てくる料理はほとんどが中華で、李三がつくる料理の手順もしっかり掲載されています。
…ですが、金持ち夫人の食べる料理だから第一話に出てくる広東粥からして
その素材から調理から結構手間隙がかかっているのです。
粥と言ったら日本のシンプルな病人食であるおかゆしか想像できない自分にとっては
あまり真似しようとはすぐに思えない立派な料理。
でもだからこそ、広東粥に限らず毎回夫人を唸らせる料理であるという説得力を感じるのです。
海外旅行で上海とか行かれた方などは、実際に食べたことのある料理が
いくつか出てくるかもしれませんね。
夫人から自分の店を持たせてくれると聞いた李三は、その言葉にすがって
一所懸命夫人の期待に応えようと頑張ります。
それが時折要らぬ気を廻して空回りして、それが却って沈夫人の不興を買ってしまったりするのですが、
その愛犬のように従順な態度と、彼の出す絶品料理にほだされてなんだかんだで
彼を手放せなくなってしまう沈夫人というこの関係。
決して愛だ恋だになることは無いでしょうけれど、この主従関係がなんともイイ。
成澤さんが仰るように少し李三が卑屈すぎるとも感じますが、そこはおそらく
女性作家さんゆえの萌えというかロマンの世界なんだろうなあと。
おススメでございますよ!
マンガ食堂(広東粥)
マンガで出てくる料理を実際に作っていらっしゃるサイトです。広東粥も出てきますよ!
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