冬の終わり、青の匂い

冬の終わり、青の匂い (ビームコミックス) (BEAM COMIX)

• 作者: 百名 哲
• 出版社/メーカー: エンターブレイン
• 発売日: 2010/05/17
• メディア: コミック

多分　ボクが一番最後まで　あなたを見送ったんだと思う

本日は現在雑誌Fellows!で「演劇部5分前」という青春マンガを連載中の
百名哲さんの、デビュー作を含めた初期短編集をご紹介します。
この本はTwitterのフォロワーさんからお薦めを頂きました。ヽ(‘ ∇‘ )ノ
イラストのように美しい絵柄を描く作家さんの多いFellows!において、
どちらかといえばコミックビーム寄りの、ややギャグマンガちっくで
記号的なキャラクターを描く方であり、初期はそれこそお話作りも
筋と骨ばかりが見えて私としては今ひとつだったのですが、
その中で「聴こえてくる歌」　そして「桜の頃」が異様に物語としての厚みを感じる
素晴らしい作品だと思いましたので、採りあげてみようと思います。

コミックビームとFellows！で発表した2005年～の作品をメインに、
描き下ろしや未発表作を含む8作を収録した短編集です。
著者の百名さんは短編作品が読むのも描くのも好きなのだそうですが、
商業的には短編集というのは驚くほどに売れないらしく、
出してもらえることにとても感謝している、とあとがきで触れています。
そうなんだぁ　と思いつつも、毎号掲載されている連載作との知名度の差なのかな、
と納得できなくも無く…
しかし私がご紹介した中だけでも谷川史子さんの短編集や、鷹城冴貴さんの読みきり作品集、
それに武富智さんのCシーンなど、たった1話を印象深く見せるためだけに一個の人間の
ある一面だけをもって描かれたキャラクター達が、何話にも渡って多面的な一人の人間の
厚みを描くことができる連載作よりも鮮烈な印象を与えてくれることも　ままあり、
個人的には少し意外であったりもしました。

閑話休題―
話を戻してこの本のご紹介ですが、オープニングで触れたとおり今回は8本の収録作の中で、
特にお気に入りの「聴こえてくる歌」と「桜の頃」に絞ってご紹介していきます。
この二つの作品には共通点があり、それは「差別」と、その中で「理解者を得るささやかな解放」。
ことに「聴こえてくる歌」においては、百名さんの実体験が多く反映されているらしく、
他の作品とはキャラクターの心情描写の量や、キャラクターに厚みを加えるエピソードの密度において
圧倒的に他と違います。個人的にはガラッと変わったと言ってもいいくらいです(;´▽｀A``



その｢聴こえてくる歌」のあらすじをざっくりご説明しますと、
深夜放送が好き、という理由でラジオ局に勤める新人AD・坂上。
しかしアットホームな感じの局の内情は、正社員と下請け、本社と支社、
学歴の高低などで差別され、同じ職場で顔を合わせても挨拶すら無視される
しがらみやら差別やらがまかり通っていて、彼はそんな本社の人間たちに日々
ムカッ腹をたてている。
ある日、坂上はアナウンサーの杉山女史を紹介される。
始めは他の社員同様、いけ好かないという印象を持ったものの、
なにげに自分の仕事の手助けをしてくれたり、自分の深夜ラジオにかける想いに
共感してくれる他の社員とは異なる雰囲気に、坂上は惹かれていくが…というお話。
「日々ロック」好きな方ならきっと気に入ると思いますね～



続いて「桜の頃」は、その日とある田舎町の高校の卒業式を迎えた、孤独な少女の物語。
高校の入学早々、たった一人の肉親である兄が地元の名士をケンカの末殺してしまい、
「人殺しの妹」というレッテルを貼られて3年間陰湿ないじめを受け続けた彼女。
別れを惜しんであちこちで呼び交わす元・クラスメート達を尻目に、
卒業アルバムも卒業証書も焼却炉に放り込み、独り就職で東京へと向う列車を待つ彼女。
見送る者とていない寂しい駅舎に、しかし意外な人たちが現われる…
コミックビームに掲載されたデビュー2作目の読みきりなのですが、
もうね、いかにもビームっぽいｗ　設定は重たいのに、
途中コメディチックに展開する不器用な青春ものです。

その他にも描き下ろしの「人糞」などは、たった6ページの短さで
あっさり読みきれる作品でありながら、一周読み終わった後に
冒頭のモノローグをもう一度読み返し、2ページ目からのインパクトのある展開が
改めてじんわりクる掌編で、これもなにげにおすすめです。

ありきたりかな、という印象を持つ作品もありますが、
中にキラッと光るものもある、玉石混淆の短編集でした。